友人の奥さんが癌のために闘病生活を送っている。いつも元気ではつらつとした姿が印象的な女性で、友人の自慢の奥さんであった。たまたま、街中であったその友人に声をかけ、「久しぶりに今夜飲みに行かないか?」と伝えると、残念そうに「妻が調子悪いんだ。ちょっと今夜は行けないな。」とつれない返事、今まで私の誘いを断ったことなんてただの1度もなかったので、こちらが心配になってしまって、「どうしたんだ、そんなに悪いのか?」と聞くと、「なんか、一ヶ月くらいだるいらしい。気のせいかもしれないが、少し、痩せてきているしな。」いつもは人の目まっすぐみて話す奴がうつむき加減に話をしている。私が「病院には行ったのか?」と聞くと、「明日、近くの総合病院に行くことになっている。」、「そうか、じゃあ仕方がないな。また、今度ということにしよう。奥さんにはお大事にと伝えてくれ。」、「ああ、わかった。」と言い別れた。数日後、友人から電話があったので、「飲み会のお誘いかな?」と思って出てみると、「ちょっと、聞いてもらいたいことがある。出られるか?」、「ああ、大丈夫だ。どこで待ち合わせる?」、「近くのファミレスでいいだろう。」、「じゃあ、30分後にな。」と言って受話器を置いた。不気味な気持ちが胃の奥から湧き上がってきた。30分後、沈痛な面持ちで私の目の前に座った友人は、今にも枯れそうな声で奥さんのことについて話し始めた。「どうやら、肝臓癌らしいんだ。医者が言うには余命は半年らしい。」、私にはかけてあげる言葉が思いつかなかった。友人は「医者には、告知するかどうかは旦那さんが決めてくださいと言われた。」今にも大声をあげて怒らんばかりに言った。「そんなの医者が決めることだろ。」最後の方は声にならなかった。私は、「こんなときに慰めの言葉の一つもかけてあげられないなんて友人失格なのかもしれんが、ひとつだけ言わせてくれ。」、友人は目の前に置かれたコーヒーから視線を動かさずにうなだれるようにうなずいた。「その医者は全うなことを言っていると思うよ。」、友人はなんでそんなことを言うんだと言わんばかりに私を見つめた。「だって、そうだろ。彼女と何年も連れ添ってきたのはお前なんだろ。そのお前が決めなくて誰が決めるんだ。告知してしまったら、彼女はどうなってしまうなんてことはお前にしか分からんのじゃないか?」、はっとする顔を見せる友人に「その先生は、きっと、君たちの力になってくれると思うよ。なんなら、今度、一緒に話を聞きに行ってもいいよ。だから、告知するかしないかはお前が決めるんだ。」そう言うと、友人は嗚咽を漏らしながら、子供のようにうんうんうなずいた。先生の言葉が足りなかったからか、友人には、先生の想いが伝わらなかったのかもしれません。今ではその先生とは二人三脚で奥さんの治療にあたっています。全国のお医者さん、告知をするかしないかの判断を家族にさせるときは、こんな想い違いもあるんだと心に刻んでください。どうぞ、よろしくお願いします。
告知の判断と家族について
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